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1978年の時刻表 その6

 旧国鉄時代には、連絡船航路が何本かありました。

有名どころでは、青函連絡船、宇高連絡船、宮島航路あたりでしょうか。その他にも、関門海峡にもあったというのは至極あたりまえのことです。

 ここに上げた仁堀航路は宇高連絡船が国鉄の四国の東玄関口なら、仁堀航路は西の玄関口というはずなのであろうが便数少なすぎます。

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一日3往復じゃね。船の大きさも、宇高連絡船は3千トン強、仁堀航路は400トン。

連絡する国鉄の駅は、本州側が呉線の仁方

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四国側が、予讃線の堀江

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失礼ですが、どちらもパッとしない駅です。どちらの駅も港まで徒歩10分程度。鉄道の輸送は無し。廃止は止む無しのような気がしました。

 次に内子線です。

197820200505_07451378

元々は伊予大洲(元々は五郎からかな)から内子までの盲腸線でしたが、予讃線の向井原からの短絡線が開通したため、現在は本線扱いとなっている路線です。ということで、列車本数も増えて万々歳の路線なわけです。

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