1978年の時刻表 その6

 旧国鉄時代には、連絡船航路が何本かありました。

有名どころでは、青函連絡船、宇高連絡船、宮島航路あたりでしょうか。その他にも、関門海峡にもあったというのは至極あたりまえのことです。

 ここに上げた仁堀航路は宇高連絡船が国鉄の四国の東玄関口なら、仁堀航路は西の玄関口というはずなのであろうが便数少なすぎます。

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一日3往復じゃね。船の大きさも、宇高連絡船は3千トン強、仁堀航路は400トン。

連絡する国鉄の駅は、本州側が呉線の仁方

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四国側が、予讃線の堀江

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失礼ですが、どちらもパッとしない駅です。どちらの駅も港まで徒歩10分程度。鉄道の輸送は無し。廃止は止む無しのような気がしました。

 次に内子線です。

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元々は伊予大洲(元々は五郎からかな)から内子までの盲腸線でしたが、予讃線の向井原からの短絡線が開通したため、現在は本線扱いとなっている路線です。ということで、列車本数も増えて万々歳の路線なわけです。

1978年の時刻表 その5

 紀勢本線に行きます。紀勢本線は名古屋から和歌山まで、名古屋からが下りになります。

こちらには、普通列車に寝台車両を連結した列車が運行されていました。

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列車名は「はやたま」です。ついさっきまで、「はたやま」だと少年の頃から思っていました。何故「はたやま」なのか。ついさっき解決しました。「はやたま」=「速玉」なのですね。

 「はやたま」のすぐ後続で急行の「きのくに」が走っていますが、「きのくに」の終点新宮まで普通列車が先行しますので、急行に乗らなくても良いんじゃない。

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 次に、芸備線です。備後落合という交通の要衝があり、しっかり夜行列車もあったのですが、現在は見る影もなし。備後落合駅と道後山駅には行ったことがあります。

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 続いて、木次線。スイッチバックで有名な出雲横田があり、しっかり夜行列車も走っています。今じゃ路線維持も風前の灯火なのでしょうか。

1978年の時刻表 その4

 次に、横浜線を見ます。

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 見て、すぐわかると思いますが、タイトルの八王子が八王寺になっています。列車のダイヤは根岸線直通列車がほとんどないことですかね。

 当時の横浜線は単線区間が何か所かあり、遅延が発生しやすく根岸線への乗り入れが不安定だったのかもしれません。

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 次に、廃止路線の清水港線です。見事に朝夕の1往復しかありません。廃止前後だと思うのですが、清水を訪れたときに、客車が留め置きしてあったのを見た記憶があります。

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 続いて樽見線です。第三セクターになり、樽見まで路線延長になっています。

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 飯田線です。駅間が短いので時刻表が長くなります。

急行伊那路8号は上諏訪発美濃赤坂行です。ここでは美濃太田となっていますが、完全な誤植です。

上諏訪の方が、美濃赤坂と言ってもどこだかわかりません。こちらも現在では考えられないような運行形態です。

 ちなみに美濃太田に行くには太多線か高山本線を経由しないと行かれませんが、双方とも非電化路線なので、飯田線の電車は行くことができません。

1978年の時刻表 その3

 その昔は、寝台列車が多数走っていました。私も乗りたかったのですが、少年(小中学生)の頃では長距離列車に一人で乗るのは無理でした。

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 画僧が悪くて申し訳ありません。こちらは東京発の寝台列車です。「さくら」、「はやぶさ」、「みずほ」、「富士」、「あさかぜ」など看板列車がずらりと並んでいます。「あさかぜ」以外は新幹線の列車名で復活しています。「富士」は「富士山」ちょっと苦しいか。

 「富士」は走行時間が24時間を超える列車であり、これでB寝台は拷問かも。

続いて、関西発の寝台列車です。

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 「明星」、「なは」、「あかつき」、「金星」などの列車名が見られます。

この時刻表は改正前となりますので、上り下りを問わず1号から順番に列車名がつけられています。

新大阪を次々に発車する寝台列車に誤乗は無かったのでしょうか。名古屋発の「金星」は父親が乗ったことがあるのでよく覚えています。その時の「きっぷ」も持っています。

 次は、上野発の夜行列車です。

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 常磐線経由の「ゆうづる」、「十和田」。東北本線経由の「はくつる」、「八甲田」ですな。

何故か、単線区間のある常磐線経由の「ゆうづる」が多いのは何故でしょう。

 ちなみに、私が最初に寝台列車に乗ったのは、急行「ちくま」で次は「北斗星」でした。

 

1978年の時刻表 その2

 東海道本線には、関ケ原越えの急勾配があります。下り線はこの勾配を迂回して通るのが下り本線で、垂井駅を通る線が「垂井線」というらしい。

 下り線の時刻表を見ると

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 ということで、普通列車は垂井を通る列車と新垂井を通る列車があります。それに対し、上り線は

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新垂井駅がありません。大垣駅から新垂井に向かう場合はそのまま直通の列車があるのですが、逆方向はありませんので、一旦関ケ原に出てから、垂井駅経由で大垣に向かうことになります。結構面倒ですね。というか、あまり利用者が無かったようで問題はほとんどなかったようです。

 時刻表を見ていると珍しい列車がありました。

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急行「大社」です。名古屋から東海道本線、米原から北陸本線、敦賀から小浜線、東舞鶴から舞鶴線、西舞鶴から宮津線、豊岡から山陰本線、出雲市から大社線と何だかんだで7つの線をまたいでいる列車です。

 乗り鉄なら一度は乗ってみたいと思いますが、日常では通しでは使いませんな。昔は面白い列車が沢山ありました。

1978年の時刻表 その1

 物置から古い時刻表を取り出してきました。

今となっては、廃止路線になってしまったが、まだ鉄道が輝いていた?頃の代物である。197820200503_16592859

 子供のころであるから、500円という金額は高額であったが、唯一の趣味であったので購入したのである。

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 ご覧の通り、北海道の廃止路線がたっぷり掲載されており(根北線は既に無いが)、結構楽しませてくれる。

 ステイホームなので、ちょっとシリーズ的にやってみたいと思っているが、すぐに飽きるのでご容赦を。

さて、最初は東海道本線である。

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 よく見てもらうと、ほとんどの列車が川崎を通過である。しかし、優等列車である急行東海1号が川崎停車という何とも不思議なダイヤである。

 この当時は、横須賀線がまだ西大井経由ではなく、東海道本線に乗っかって走っていたため、川崎駅の1本のホームでは捌ききれなかったのかもしれない。とすると、新橋駅も同じであるが、こちらは停車である。この当時は、横須賀線の総武線乗り入れは無かったので、横須賀線の東京駅発着は地上ホームである。

 素直に言おう。理由はわかりません。

入谷朝顔市

 毎年恒例の入谷朝顔市に出かけました。
 遠路はるばるなので、まずは築地でアジの干物を購入。ここのアジの干物はうまいんだな。
 その後赤羽まで行き、「まるます家」でウナギを食べて体調万全。そして鶯谷駅から朝顔市会場に突入しました。Rimg1560 昨年と比べて人が少ないのでは。とりあえず品定めをしながら鬼子母神にお参りである。Rimg1562 いつもはここで朝顔のお守りを購入するのであるが、すでにすべてのお守りを購入してしまっているので今回はパスである。
 朝顔は、団十郎を購入し(2千円)上野公園で蓮の花を見て帰宅しました。Rimg1570  

高山

 ご母堂を連れて、飛騨高山に出かけました。
 自宅からは3時間ちょっとで着きますので、まあたいしたことありませんな。
平湯温泉では、笠ヶ岳がよく見えました。
 高山では、観光客の半数以上が外国人ではないかという状況でした。中国系というわけではなく、白人系の外国人も多くみられました。

日本人はどうしたのでしょうか。とりあえずスーパー駿河屋で買い物をして帰りました。なぜ駿河屋かというと、赤かぶ漬を土産物屋で購入するよりも、駿河屋のほうが安いからだよ。

天候に恵まれてよい一日でした。Rimg1362

ご当地グルメ 新宿編

 久々の新宿である。さて、昼飲みということでどこへ行こうかと思ったが、新規開拓は難しいので思い出横丁に行きました。

 うなぎの「かぶと」もよかったのですが、結構空いていた岐阜屋に入りました。

 まずは、飲み物ですな。ホッピーがあるので黒をチョイス。ホッピーが310円、焼酎が1合470円です。特急つまみで牛もつの煮込み360円。この煮込み結構ボリュームがあり良いですな。

 追加で何かと思い、麺類にしようかと思ったが、野菜炒めにしました。こちらは420円。価格設定が妙に安かったり高かったり。全部頼めばわかるのであろうがそういうわけにもいかんわな。

 都合1,560円で岐阜屋を後にしました。まあディープな店ですな。

上越線土合駅

 水上温泉に行ったついでに、上越線土合駅に行きました。

 土合駅といえば、トンネルの中の駅とか、駅まで486段の階段を登らなければならないという、体力勝負の駅として有名ですね。
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 1番線の下りがトンネルの駅です。2番線は通常の地上駅です。
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 ホームの構造を見ると、改造したようです。待合室側に、長編成の列車が停まれるようなホーム跡と路盤が残っており、現在のホームは7両編成くらいの列車しか対応できないような構造です。
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 ホームから地上方面を見ると、こんな状況です。中心左に手摺があります。その左側は地面がむき出しの状態であり、エスカレーターの設置スペースとのことです。
 でも、利用者が極端に少なそうだし、廃止しても影響もなさそうなので、将来は廃駅となるのかな。

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