波照間島1日目

 1月24日から27日まで、波照間島を旅した。人の住む島では、日本で最南端である。

 波照間島へは、羽田空港から石垣直行便で石垣島へ行き、離島桟橋より波照間までは高速船利用である。

 今回の旅は、日本最南端の島へ行くということのほかに、波照間航路の揺れを楽しむのも目的であった。しかし、離島桟橋に到着すると、乗船予定の船が欠航とのこと。そして、最終便も午後2時の段階で運行するか決定するとのことであった。乗船予定の安栄観光は、よほどのことがない限り欠航はしないとの情報であったので正直あせった。

 一応予備のプランを立て、昼食後、運行情報を見ると運行するようである。そしていよいよ乗船である。安栄観光の波照間航路は免許上は不定期運行で12名までの乗船ということのようである。しかし、実際には14名の客を乗せて出航である。

 船が揺れるのは、運行時間1時間のうちの後半の30分ということである。そして、いよいよ後半の30分である。もっと揺れるかと思ったら、拍子抜けである。情報では、冬は北風が多いので帰りのほうが揺れるとのことであったので、買えるときに期待することにした。

Hate03  今日は疲れたので、夕食をとって早々に寝た。ただし、幻の泡盛である泡波はしっかり飲ませていただいた。

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与那国島2日目

 1月21日(日)

 朝食は7時45分からということでずいぶん遅い。閑なので朝から宿周辺をウロウロする。朝食後、久部良岳へ出発である。

Yona08  久部良岳は日本最西端の山である。宿の方に登山口を聞いてみたが知らないようである。やはり、与那国の方は関心は山ではなく、海なのである。

 昨日偵察した場所に車を止め、車道を歩いていく。途中、電線工事のため傘になるような葉が放置されていた。南国の植物はデカイのー。 Yona09_1
 久部良岳山頂には電波塔があり、その維持管理道路が登山道なのである。舗装されているが急勾配であり、おまけに滑る。歩き始めて15分ほどで山頂に到着である。山頂は放送施設があるだけで山頂を示すようなものは無い。あっさりと日本最西端の山登頂である。

 山頂は眺めは全く利かず、最西端の山という特別な感傷に浸ることはできない。下りは舗装道路にコケが生えているので滑りやすく登り以上に苦労する。

  次にアヤミハビル館に向かう。案内図が悪いのか方向感覚が鈍いのかなかなか目的地に到達できず、ようやく10時に到着である。もっとも10時開館なので道に迷ってよかった面もあるが。

 アヤミハビルといっても本土の方はわからないがヨナクニサンといえばわかるであろう。快便堂はスズメガ類は幼虫、成虫とも大嫌いであるが、大型のヤママユガ系統は嫌いではない。アヤミハビル館ではアヤミハビルの生態のビデオが上映されている。先に団体客がビデオを見ていたので展示室で与那国島に生息する昆虫の標本を見ていたら、館員がビデオを見せるためにわざわざ呼びに来てくれた。また、館内はヨナグニシュウダ(ヘビ)も飼育されており、その冷たい目がキラリと我々を見ている。

 レンタカーを返す時間であるが、せっかくなのでもう少し借りることにし、与那国島最高峰の宇良部岳に登ることにした。こちらも山頂に電波塔があり、容易に登れそうである。山頂にある施設手前に広場があり、ここに車を止めて施設脇を登っていく。階段もあり登るのは容易である。

 山頂には三角点もあり、比較的展望も良い。山頂には祭祀の場所もある。Yona13島内の山は登山対象とはなっていないようである。こちらの山は祭壇があったし、久部良岳には祭壇の跡らしきものがあったので、信仰の対象とはなっているのかもしれない。

 島内にはそこかしこに昆虫を捕らえるトラップが置かれている。水色のカゴが2個が必ず対となってぶら下がっている。何を捕らえているのであろうか。

 昼食を食べに久部良に向かうが、そのまま行ったのでは芸も無いので、東崎経由で向かうことにした。途中アリシに寄るが波飛沫がすごく、メガネが汚れてしまうので早々に撤退である。その後、比川浜でヤドカリを探したがいなかったので、本日の昼食場所である久部良の「いすい」へ向かう。「いすい」は結構盛っており、かろうじて席をゲットした。定食類も豊富のようであるが、せっかく与那国に来たので、与那国そばを注文した。かまぼことラフティーが入っており、島とうがらしをかけると絶妙な味である。西表島の新八食堂に匹敵する味である。この店にはその後も続々と来店者がいたので席を空けるため早々に撤退した。それにしても店先に車を止めないようにとの注意書きがでかでかと書いてあるのに堂々と店先に止めるレンタカーがあった。常識の無い人間が島を悪くする。

 島内には土産物屋が無いので空港に向かう。しかし、飛行機の来ない時間は閉店である。本日は日曜日であるので午後にも2便あるのでその時間には開きそうであるが、平日は正午近くの1便だけであるので午後は閉店ということなのであろう。ということで、飛行機の来る15時頃まで開かないようなので、少し早いがレンタカーを返すことにする。

 宿の隣に「入波平」という表札のある家がある。快便堂2がなんて読むのかと聞くので「いり なみへい」て言うんじゃないと答えた。サザエさんの影響大である。本当は「いりなみひら」と読むそうです。

 午後は閑なので再び祖納巡りをする。与那国町伝統工芸館なるものがあったので、見に行ったら休みであった。観光客に公開する施設なのに日曜日が休館日とはなかなか太い神経である。夕方は祖内周辺をランニングしていたが、周囲の方からは奇異の目で見られているようである。車で走っていると、牛や馬はこちらを見ないが、走っているとこちらを見る。与那国ではランニングをする者は珍しいのであろうか。ランニング終了後、福山スーパーに出かけたが、本日は船の入港が無いので、昨日あったジーマミ豆腐が無かった。昨日入荷量が少ないところ快便堂が買ってしまったので、島民から貴重な蛋白源を奪ってしまったと思い反省した。福山スーパーには2日合わせて3回利用させてもらった(上得意様優待券くれ)。

 夕食時に、明日のジャックスドルフィンは運休なので別の船を予約しておいた旨の連絡があった。やはり、ネットで言われていたとおりであると思った。まあ沖縄離島は計画通りにはことは運ばないと思っていたので特に影響は無かった。

 夕食後、再びアルコールを購入しに街をさまよい、崎原商店でビール、カンチューハイ、島とうがらしを購入し宿に戻った。本日は強風で雨も強くなってきたので明日の飛行機が心配である。 

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与那国島1日目

 1月20日(土)

 いよいよ日本最西端の島を攻略する時がきた。羽田の駐車場までは一般道をひた走り、高速代を稼ぐ。心配していた環状八号線の渋滞も無く、予定より1時間早くイエローパーキングに到着である。

 羽田空港はまだ早朝なので人影もまばらである。石垣行の直行便は以前はJTAとANKが早朝に1便づつ飛ばしていたが、ANKが撤退したようなのでJTAのみである。両社の飛行機に乗ったことがあるが、それなりの乗客がいたので撤退とはどうしたことであろうか。

 石垣までは3時間30分の飛行であるので国際線に乗らない快便堂としては結構な長旅であり、既に8時の段階でゲンナリである。眼下も雲か海ばかりで陸地が見えないのでどこを飛んでいるか判らない。もっとも陸地が見えるとすぐ爆撃したくなるので陸地が見えない方が良いのかもしれない。石垣空港にて与那国行に乗り換えであるが、一旦外へ出なければならないので、再び手荷物検査を受けなければならず面倒である。
 石垣空港を飛び立つと、竹富、黒島、小浜、西表の各島がよく見える。以前横断した西表の浦内川も上流までよく見える。与那国空港には西側から進入するが、与那国島の西の海上は防空識別圏が台湾にあるので飛行計画書の提出がないと、台湾から戦闘機が飛んでくるとの話を聞いたことがある。

 与那国空港はタラップを降りると、てくてく歩いてゲートまで行くのがなかなか楽しい。今回は石垣空港も徒歩であったが、間に飛行機があると短距離でもバスに乗らなければならず、何かもったいないような気がする。荷物を受け取ると迎えの車に乗り宿へ直行である。
今回の宿泊はホテル入船である。旅行の手配はネクサスツアーにお願いし、宿はホテル入船を指定したら満室ということで他の宿に変わっていた。この宿はネット上で芳しくない旨の書き込みがされていたので出発日を変更してまでホテル入船にこだわった。これでこの宿が悪ければゲンナリである。

宿の場所は集落から外れているところだと思っていたら、集落の中であった。鉄筋コンクリート3階建てで、雰囲気としては沖縄離島の宿としては上等である。翌日に予定していたジャックスドルフィンが都合により欠航するので1日ずらしてもらいたい旨の連絡があり承諾する。もっともこちらの件も、ネットで書き込みがあり出航キャンセルが多いとのことであったので折込済である。与那国島での予定は初日に到着後宿の周囲を散策し、翌日午前中に船に乗り、午後は島内を1周走る。3日目はまた宿周辺を散策の予定であった。船が3日目にずれたので、レンタカーを借りて島内を荒らしまわることにした。

Yona02  この借りたレンタカーはDrコトーの撮影時に時任三郎氏と大塚寧々氏が使ったということである。車の左後にぶつけた痕があり、これは時任三郎氏がぶつけたものであろうか。レンタカー屋で解説が無かったということは違うということであろう。

 時刻はお昼近くであったので、久部良にある「ユキさんち」でカレーを食べる。今日のカレーはチキン系であったが、細かい骨があり閉口した。島とうがらしは辛いので注意してくださいとのことであったが、自称辛味王である快便堂は半分くらいかけたが辛すぎてむせてしまった。これは快便堂のミスである。どこかのおっさんが今日は全部かけたと自慢していたが、おっさんの肛門が腫れないことを祈るのみである。

 昼食のセットで出たグレープフルーツジュースが大量にあったせいか(全部飲んだ私が悪いのであるが)、腹の調子が悪くなり久部良港の公衆便所に行ったがあまりの汚さに引っ込んでしまった。公衆便所の周りにも犬糞がゴロゴロしており、この地域の方々の意識が低いということであろうか。

 この後、久部良バリに出かけたが、碑の周りにDQN系の方々が数名いて雰囲気が悪かった。結局久部良バリはどこにあるか判らなかった。というより再び腹の調子が悪くなり探すどころではなかったのである。
続いて日本最西端の岬である西崎に向かう、既に便意は限界に近づいている。いざとなったら周囲に転がっている牛糞に紛れてしてしまうということまで考えたが、天は快便堂を見捨てず、岬の駐車場に公衆便所があった。そして日本最西端の公衆便所で下痢をしたのである。ちゃんとトイレはきれいに使いましたけれど。Yona03

 西崎は展望台が工事中である。日本最西端の碑の周りには女DQNがいて記念撮影の邪魔をする。記念撮影の場所は写したらさっさと次の方に空けるのが礼儀である。気を使う能力も無いのである。多分この連中は島外の連中であり、島内の方々はこんな連中を相手にしなければならず大変である。

Yona04  続いては島の東端に向かう。途中比川の集落に行くと、 Drコトーのオープンセットがあるとのことなのでとりあえず行くことにする。
島の観光名所はそれほどあるわけではないので、行く先々で同じ方と会うことになる。砂浜でヤドカリの相手をした後、オープンセットに行く。古めかしく作ったということでなかなか立派に作ったものである。

 更に東に向かう。牛が路上にまで出ていて、車道も歩道も牛糞だらけである。路上に黄Yona05 色い印があるとテキサスゲートである。テキサスゲートは牛馬がこれを越えて移動できないようにする施設である。快便堂2が「何でテキサスゲートというのか」と質問してきたので「テキサスにあったから」と答えた。実も蓋も無い答えである。

東崎に到着すると前方をフェリー与那国は航行中であった。波が荒いので結構酔っている方もいるのではないか。東崎も牛の糞で覆われており景色を見ながら歩くと牛糞をむんずと踏むことになる。牛糞にきのこが生えているのが印象的であった。ここで一旦宿へ帰る。浦野の墓地に入ると突然道が無くなり慌てる。

 本日はほぼ徹夜の行軍であったのでしばし昼寝である。沖縄の夜は遅いので4時過ぎに再び行動開始である。明日、日本最西端の山である久部良岳へ登るための道探しである。与那国島の案内マップには登山口が示されていない。もっとも与那国島への観光客はほとんどがダイビングであり、山屋などは与那国馬より稀少なのであろう。見当をつけて車を走らせる。久部良の信号を左折し比川方面に登っていくと、左手に久部良岳の看板がある。道を左に曲がりどんどん走り、約1.7キロ位で右に入る道がある。そこは広くなっているのでここに車を止めて歩けばよさそうである。本日の車行軍はここまでで宿に戻る。

 いよいよ本日の楽しみである買出しである。宿の隣に崎原商店があり、ビールを購入する。つまみ類も購入する。本土よりかなり高めであるが仕方の無いことである。その後なぜか再び外出し、今度は町役場の近くの福山スーパーに足を踏み入れる。この店は与那国町最大の店のようである。今日はフェリーも入港したので生鮮食料品もあるようで主婦層の方々が品定めをしていた。昨年は西表島の上原にある川満スーパーにお世話になったが、人口は与那国島の方が多いが商品については川満スーパーの方がありそうである。西表島も与那国島も商品は石垣島から運んでくると思われる。与那国島は週2便のフェリーが生命線なので苦しいところである。
夕食後、ビールをがぶ飲みし寝た。夜も毛布1枚に窓全開で寝たが暑かった。

http://homepage2.nifty.com/yamade/H19/1.20yonaguni/yonaguni-1.htm

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旧鹿沢温泉 紅葉館

 仕事ですが、群馬県嬬恋村の旧鹿沢温泉にある一軒宿の紅葉館に出かけました。

 紅葉館のご主人と女将とお話をしましたが、お二人ともやさしい人当たりの良い方でした。
 湯ノ丸高原の群馬県側は紅葉館の私有地となっております。つまり、紅葉館のご好意により入山できるわけです。

 宿では、家族総出で施設の改修を行っておりました。この連休にはお客さんを暖かく迎えてくれることでしょう。

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西表島4

 いよいよ最終日である。ホテルの朝食はバイキングであるので、今回の旅の最後の暴飲暴食を行った。今日の予定は最初に首里城に行く予定である。荷物をホテルに預け、モノレールで首里に向かう。駅から首里城までは戻るような形となる。以前行った時には開門iri-18 前だったようだったが、今回はお祭があるらしく、既に開園していた。既に観光客も多く訪れていた。
 首里城を見た後、山川のバス停から路線バスに乗り、牧志へ向かう。国際通りは既に観光客が沢山いた。国際通りから壺屋に行き、ぶくぶく茶のiri-19 店に入る。周囲の窯や建物は文化財とのことであった。平和通で海ブドウとタンカンを購入し、ホテルに戻りタクシーで空港に行った。

 帰りの飛行機はピカチュー飛行機であったが、乗っている人間にとってはiri-20 どうこうない代物である。羽田に着くとさすがに寒く、我が車の上には雪が載っていた。帰りの道路は空いており、バンバン飛ばす。県境を過ぎると雪が降ってきて、自宅近くになるほど降雪が強くなってきた。さすがに沖縄とは違うと実感したところだ。

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西表島3

 西表島3日目、いよいよ離島の日である。天候は悪くはないが、上原航路が運行するかどうか心配である。7時過ぎに八重山観光フェリーに電話をするが、業務時間外のアナウンスが流れていた。

 朝食前に最後のスーパー川満買出しに出かける。牛乳とおみやげ用の泡盛を購入する。レジのところに上原航路欠航のお知らせが出ていた。欠航とすると、8時20分のバスに乗らないと石垣島での予定に狂いが出てしまう。
 すぐに宿に戻り、出発の用意をする。朝食終了後ロビーに降り、しばしカンピラ荘のオーナーと雑談をする。船便の送迎バスは宿の前でも手をあげれば載せてもらえるということであるが、心配なので路線バスの上原バス停まで行った。最初に安栄観光、続いて西表交通の路線バス、そして我々が乗る八重山観光フェリーの送迎バスが来た。バスは大原港 に向けてひた走る。船浦を過ぎ、海中道路に来ると右手にピナイサーラの滝がよく見える。iri-15 左手には海も見えるが白波がたっている。車窓から西表島最高峰の古見岳の姿でも写そうかと思ったが、速度が速く無理であった。

 大原港には観光バスが10台ほど停まっていた。9時を過ぎると船が続々と入港し、バスに吸い込まれていく。観光客は仲間川遊覧と由布島、竹富島ツアーの方々であろう。快便堂も2回ほど利用させていただいたので間違いない!我々は八重山観光フェリーの後部席に乗り込み西表島を離れた。左手には新城島、黒島、左手には小浜島が見えてくる。この航路の楽しみはこの島々の眺めてと、すれ違う船の波を受けての衝撃であるが、パイロットの操舵が上手なのか揺れが少なくて残念であった。波照間航路の安栄観光の船は相当のものであるとのことなので、今度体験してみたい。
 左手に竹富島が手に取るように見えると直に離島桟橋である。今日は与那国行きのフェリーの出航日なので、桟橋手前で待たされる。離島桟橋も観光客を送り出した後なので閑散としている。

 石垣島上陸の後は、八重山郵便局で記念切手を購入し、喫茶店でお茶した後、タイ直輸入品店のアルバカで巾着袋とおみやげのシャツを購入した。空港で昼食もとらなければなiri-17 らないので東運輸の路線バスで石垣空港に向かった。空港で八重山そばを食べて本日の目的地、那覇へ向かった。

 那覇は小雨であった。本日宿泊するシティーコートは駅から離れているのでタクシーも選択肢にあったが、最近せこくなっているのでモノレールを利用した。ホテルでしばし休息後、国際通りと公設市場に出かけた。国際通りは相変わらず観光客の溜まり場でごった返している。みやげ物屋を冷やかしながら、今回の旅行のお土産として指定してある海ブドウとタンカンの店を品定めした。観光客であると、夕食は公設市場の2回でということになるが、今回は趣向を変えて、那覇の松山地区にある飲み放題iri-22 食い放題の店であるビアドームに出かけた。飲み物や食べ物も豊富で楽しめたが、沖縄の若者の常軌を逸したバカ騒ぎに撤退する事にした。松山は那覇の風俗街のようで、せっかくなので探検してホテルに戻った。ホテルの風呂はお湯のでも良く、入浴後、古谷一行の混浴露天風呂シリーズを目を皿のようにしてみて悦に入りながら床についた。

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西表島2

 西表島2日目である。夜中に操業している事業所など無いはずなのに午前3時頃に車が結構通った。多分飲酒運転ではないかと推察される。

 沖縄の朝は遅いかと思ったら、午前6時頃からカンピラ荘の誰かが植木や道に水を撒いていた。午前7時になると、スーパー川満に買い物客がひっきりなしに訪れる。
 本日は、船浮湾にてカヌーをする予定であるが。迎えに来るのが9時20分頃とのことなiri-10ので、当面暇である。スーパー川満で牛乳の買出しに行き、その後、 港の東側の海岸を歩いた。

 定刻に今回お願いしたカヌーのガイドまんさくツアーサービスの碇氏が案内犬のビッケと共に迎えに来た。西表島郵便局にて前日に購入した絵葉iri-11書を投函し郵便貯金をして白浜港に向かう。途中、 カンムリワシいた。もちろん具志堅用高氏のことではなく天然記念物の方である。おっと、石垣島の喫茶室に具志堅氏の天然記念物的なボケが記載された本がありました。

 本日の天候は穏やかで、この時期にこんな日はほとんど無いそうである。碇氏より指導を受け、船浮湾に漕ぎ出す。 前方には船浮の集落も見える。碇氏がタイiri-12ムリーにいろいろと解説してくれる。白浜港を出たときは海底が見えていたが、船浮近くなると深くなったようである。水深が60mほどあり、国際避難港となっているとのことでした。
 船浮湾をそのまま横切り、水落の滝に向かう。iri-13 ヒルギの中を流れる川をさかのぼると滝に到着である。水量が少ないせいか予想より小さく見える。滝つぼでカヌーを回転させるのであるが、操舵が下手なのでもうちょっとで滝に打たれるところであった。

 再び、船浮湾を横断し反対側の砂浜で昼食である。碇氏が中華風ピリカラスープとスパゲッティーを作ってくれた。この浜は他の浜に比べて黒く、黒くて軽い石もある。ここは木炭の浜と言うそうで、反対側の内離島には炭鉱もあったし、この浜附近では木炭を焼いていたそうです。昼食後雑談をしていると雨がぱらついてきたので撤退である。風も出てきたのでパドルにも力が入る。

 海底が浅くなると、波も穏やかになり風の影響も少なくなる。白浜港には3時過ぎに到着である。女子中学生が2名帰宅するところであった。西表島にはいくつもの中学校があるようであるがよくここまで学校を維持してきたかと思う。快便堂の地元では考えられない事である。

 宿に帰ると早速スーパー川満でビールを買い込む。何故やたらこの店でビールを買うかというと、民宿ではビールは販売していないからである。西表島の住民みんなで商売をしようということなのであろうか。本日の夕食にはスターフルーツが付いていたが、へんてこりんなものであった。夕食後、宿を抜け出し、新八食堂で西表そばを食べた。常連客が沢山いて、店に入りにくかったがこそこそとはいった。そばは大盛りであっさりとして美味であった。西表島に来たら1回ぐらいは食べるべきであろう。宿に帰ると、蚊取りマットを炊いてすぐに寝てしまったが。早くも11時過ぎに目が覚めてしまい。朝まで長かった。

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西表島1

 年に1度の沖縄旅行である。何故、この時期かというと休みがとりやすいことと、旅行代金が安いからである。
 今回の沖縄旅行は西表島でカヌーをするということである。

 前日の午後10時に自宅を出発。高速代金節約のため一般道を走る。夜間の国道はトラックの天国である。走り具合の良いトラックの後を付いて走ると楽に走れる。埼玉県の北本で夜食を食べて、再び走る。結局羽田の民間駐車場に着いたのは午前3時30分である。
 羽田空港には午前5時過ぎに送ってもらい、荷物預かりが開くまでしばし休息。その後、ゲート内の軽食屋で早速生ビールを飲んで飛行機内で寝るための試金石をとったのである。
 飛行機は737-500であった。以前はオーディオ設備もあったかと思ったが、今回は設備が取り外されていたようだ。羽田から石垣まで3時間30分をこの狭い機内で過ごすのは大変苦痛である。石垣便はスーパーシートがないので忍の一文字である。
 機内で石垣空港の気温が24℃ということで、自宅とは約30度の違いである。当初の天気予報では雨天であったが、神は我々に味方したのか晴れているようだ。飛行機内から以前登った野底岳のへんてこりんな山容を見ることができた。

 石垣空港に到着し、タラップに出るとまさに酷暑である。空港ロビー内で上着だけ脱いだがそれでもまだ暑い。空港から離島桟橋まではタクシーを使ってもそれほど値段はかからないが、今回は西表島までの船便の時刻まで余裕なので路線バスを使う。離島桟橋で上原行きの船便のチケットを受け取るとまずは八重山郵便局に行って通帳に局長印を押してiri-1もらう(もちろん貯金しないと駄目であるが)。その後、公設市場内で八重山そばとヤモミパ フェを食べて繁華街を散策して、上原行きの船に乗船した。

 今回の便は鳩間島経由の便ということでもうけた感じがした。途中、iri-4 与那国からのフェリーともすれ違った。沖縄の海はやはり綺麗である。長野県人を黙らせるには海を見せれば良いという事であるが、沖縄の綺麗な海を見るとため息しか出ない。鳩間島で工事関係者らしき人たちを下ろした後、上原に向かう。約10分ほどで上原港に到着する。上原港では浮き桟橋を建設中であった。港から本日のお宿のカンピラ荘まではほんの数分である。

iri-5 カンピラ荘は鉄筋コンクリート造りの立派な建物である。道路を挟んで反対側にはスーパー川満もあり、便利である。カンピラ荘ではヘルパーさん2人が迎えてくれた。我々の後から同じ船に乗った方も来た。この方もヘルパーさんのようである。とりあえず暇なのでまるま海岸を散策し、スーパー川満でビールを買い込み入浴後しばし睡眠。午後6時30分から夕食である。適度な量で美味しくいただいた。部屋にはテレビもないのでやる事もなく、8時過ぎには睡眠体制に入った。それにしても、窓を全開にしても暑かった。1月というのに蚊に刺されてしまった。最初に部屋に入った時に蚊取りマットなどがあるのが意味不明であったが、こちらでは1月でも必需品だった。

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